3月11日

もう15年が経過したのか・・・

あれは我がクリニックが開業して半年経過した春。

院長の長男が中学受験が終わって、春休みを謳歌し始めた日・・・

12歳の長男を連れてクリニックに出勤した院長。

突然の大きな揺れ・・・昔のクリニックは簡易鉄筋の半プレハブみたいな建屋だったので、「おい!潰れるかもしれないから表に出ろ!!」

外に出ると国道16号線の横の電柱がメトロノームのように揺れていました。

長男に「周囲を見回せ!土煙が立ったら家が倒壊しているから助けに行くぞ!」

 

幸い土煙は立たず、クリニックも潰れず・・・

揺れが収まった後、TVを点けると東北地方に津波が襲っていく画像が・・・

そのとき、初めて津波を見た院長は「ああ、津波って大波が襲ってくるんじゃ無くって、海の水位が上がって溢れるんだ・・」と思ったんです。

溢れた水はどこまでも陸地を進んでいく・・・・

ああ、自動車で逃げちゃ駄目なんだ・・・オートバイ、最低でも自転車だな・・・とか冷静に思ったのを覚えています。

 

その後被災地の医療救援のため、いろいろなところに問い合わせしましたが、DMATには入れてもらえず、医師会は動きが遅く・・・

どうしよう? と途方に暮れているときに、諏訪中央病院の鎌田先生のNPO組織が石巻に入ったというニュースを聞き、鎌田先生に連絡、NPOの方につないでいただき、当院の看護師、事務員、近隣消防の救急救命士たちと石巻に行きました。

 

院長は神戸の震災にも救援しに行ったのですが、当時は震災後の医療を必要としていた人がいっぱいいらっしゃったのですが、東日本では生存しているか、いなくなってしまったか?の2択で、災害医療はさほど需要がなく(もちろん発災後数日は必要だったのでしょうが・・)、我々は石巻保健所の要請を受けて、生存者確認に一件ずつ回ったのでした。

 

あの時の12歳は今27歳・・立派な大人になって仕事をしています。

世の中の皆さんも同様に15年が経過したモノと思います。

でもね、院長は思うのです。

東日本で被災した人や地域のことは、3月11日だけ思い出せば良いってもんじゃ無いって・・・

神戸の震災のことも1月17日にだけ・・能登も1月1日だけじゃ無くって、出来れば365日、気にしてあげないとね。

2100年になったら、みんな歴史上の出来事になってしまうんだから。。。。

せめて経験した人が生きているうちは、思い続けましょうよ。

 

この世に生き残っている人の義務だと感じています。